静岡エネルギー環境教育研究会 安藤雅之代表(常葉大学大学院)
子どもたちにとって、エネルギー・環境問題は未来を生きるための切実なテーマの一つ。課題を「自分ごと」として認識し未来を考える力を伸ばすには、学校の授業が重要な役割を果たす。「静岡エネルギー環境教育研究会」は高レベル放射性廃棄物の地層処分に焦点を当て、原子力発電環境整備機構(NUMO)の支援のもと、系統的な指導の確立を目指し精力的に活動中だ。会の代表で常葉大学大学院の安藤雅之教授に取り組みについて聞いた。
エネルギー環境問題は必須の現代的課題
Society5.0時代の授業改善に向けて
静岡県内で最大の私立総合大学として知られる常葉大学。教育学部と大学院(教職大学院)で社会科教育学を専門とする安藤雅之教授は長年、エネルギー環境教育、防災教育の教育方法や教材開発に取り組んできた。
人工知能(AI)などの技術革新で超スマート社会「Society5.0」の到来が目前に迫る中「求められる資質・能力を育てるには、現代的な諸課題を扱うことが必須だと、多くの教員が感じている」と、安藤教授は言う。「知識を覚えるだけ、あるいは調べて発表するだけに終わらせず、一つの答えのない課題に向き合うことを通して、子どもたちの思考力・判断力・表現力を伸ばし、自分が社会の形成者だという意識を育てなければ」と、学習の充実を訴える。
持続可能な社会づくりの担い手育成を目指すとき「高レベル放射性廃棄物の地層処分問題」は、子どもたちにとって「価値ある題材」だと安藤教授は指摘する。
東日本大震災以降、全国の原子力発電所の多くは停止状態にあるが、これまでの発電によって多くの使用済燃料が貯蔵されたままだ。その最終処理形態であるガラス固化体の処分は世代を超えた社会課題となっている。
誰もが避けて通れないこうした事実を子どもたちが知り、できる限り人間や環境に影響を与えない処分方法を考え、社会の合意形成を図る必要性を学ぶことは、将来の社会参画に必要な資質・能力を育成することに寄与すると考えられる。
そこで、安藤教授が代表を務める「静岡エネルギー環境教育研究会」では、2018年度から、教員がさまざまな工夫を重ねながら地層処分問題に焦点を当てた実践的研究に取り組んでいる。
同研究会には安藤研究室を卒業した教員をはじめ、社会科や理科教員、小学校教員など静岡県内の約40人が所属する。月に1回の定例会を持ち、研究や実践を進めている。
教員自身が題材を深めることから
授業構成を検討するにあたり大切にしているのは「教師自身が現代的諸課題に挑戦すること」。だが、エネルギー環境問題に関する教科書の記述はわずかで、原子力発電を利用した後に残る放射性廃棄物の地層処分問題に関する教材は見当たらないのが現状だ。
同会は正しい知識に基づいた実践が必要だと判断し、地層処分事業を行う原子力発電環境整備機構(NUMO)の協力を仰いだ。
同機構は「高レベル放射性廃棄物の地層処分」に関する小学校や中学校向けの基本教材を作成しており、社会科や理科、総合的な学習の時間など各教科とのかかわりや教科を横断した位置づけ、各地の授業実践例など情報提供を行う。研究会のメンバーはこれらの教材や情報を活用し、自校の児童・生徒の発達段階を考慮した授業づくりに励んでいる。
小中学校で幅広く実践
これまで実践された授業は小学校から中学校まで幅広い。小学6年社会科の実践では最終単元「世界の人々とともに生きる」で地層処分を扱った例がある。持続可能な開発目標(SDGs)を起点に様々な発電方法の長所と短所を考え、高レベル放射性廃棄物の処分方法や政府が地層処分を選択した理由を理解する授業が行われている。
中学校では社会科地理的分野の「資源・エネルギーと産業」や、公民的分野「よりよい社会を目指して」などで扱った例がある。理科の「運動とエネルギー」と社会科「地球社会と私たち」をコラボさせ、共通の社会的課題として地層処分問題を取り上げた授業もあった。
今年度は中部電力浜岡原子力発電所の見学ツアーや、地層処分を巡る課題を楽しく理解できるNUMOのボードゲーム教材「ジオ・サーチゲーム」の体験会を開くなど、教材研究も積極的だ。
合理的判断を導くのはたしかな事実認識と価値認識
実践にあたり安藤教授は子どもたちが「事実認識」と「価値認識」を確かにすることが重要だと強調する。「地層処分に関しては大人自身が "怖い" といったイメージと結び付けて考えがち。事実を知らぬままに好き嫌いや賛否を判断するのは、答えのない課題に向き合う態度とは言えない。
現代的諸課題を扱う際は、実験や観察、体験など多様な活動を通して、社会に存在する事実を知り(『事実認識』)、なぜ、どうしてそうしなければならないのかという『価値認識』を十分に深めたうえで、『合理的判断』にたどり着く授業展開を構想してほしい」と話している。
ボードゲーム教材を体験する教員たち