エネルギー環境教育関西ワークショップ 山下宏文代表(京都教育大学)
子どもたちにとって、エネルギー・環境問題は未来を生きるための切実なテーマの一つ。課題を「自分ごと」として認識し、未来を考える力を伸ばすには、学校の授業が重要な役割を果たす。「エネルギー環境教育関西ワークショップ」は、SDGs(持続可能な開発目標)を学校で取り上げるときにエネルギー環境教育の視点に基づいた実践を提唱する。代表を務める京都教育大学の山下宏文教授に活動の様子について聞いた。
持続可能な社会を深く考えるために
「社会に開かれた教育課程」を理念に掲げる新学習指導要領の方向性は、喫緊の課題である「持続可能な社会の実現」と深い関わりを持つ。学校ではESD(持続可能な開発のための教育)が推進されているところだ。近年はESD実践校に限らず、「持続可能な開発目標」が社会に広く認知されるようになった。そんな中「エネルギー環境教育が新教育課程の理念の実現に果たす役割は大きい」と、話すのはワークショップの代表、京都教育大学の山下宏文教授だ。
SDGsは小学校から高等学校まで幅広い年齢の児童・生徒が、さまざまな教科を通して学ぶ機会を得られるテーマとして注目を集める。「目標7 エネルギーをみんなに、そしてクリーンに」「目標13 気候変動に具体的な対策を」を扱う教員も多い。しかし「そこにエネルギー環境教育の視点に基づいた現状認識がなければ、学びは表面的なものにとどまってしまう」と、山下教授は警鐘を鳴らす。
例えば、SDGs達成に向けてどのような選択をするか、自分に何ができるかを考えさせる時、「日本のエネルギー自給率はどのくらいか」という現状に対する理解がなければ、子どもたちの関心は身の周りの見えやすいものばかりに向いてしまう。ごみを減らす、ものを無駄にしない、自然を大切にする――どれも大切なことだが、子どもたちがどれほどの思考力を働かせることができるかが問題だ。
実は日本のエネルギー自給率は2018年の時点で11.8%しかない。これは他のOECD加盟国と比べると低水準で、2010年に比べて約10ポイント低下している。わが国は国内にエネルギー資源が乏しく、また、東日本大震災の影響で国内の原子力発電所が停止したことで火力発電の割合が再び増加し、化石燃料への依存度が高まっている。「エネルギーの安定供給」が喫緊の課題だ。こうした理解が教師側にあるなら、子どもたちをより深い学び、一歩踏み込んだ思考へと導くことができる。
4つの視点をもとに実践研究を蓄積
ワークショップでは、将来を担う子どもたちにエネルギー問題について、正しく知り、考え、判断し、選択・行動ができるようになる力を育成するため、エネルギー環境教育を推進し、普及・促進に取り組んでいる。
▽エネルギーの安定供給の確保▽地球温暖化問題とエネルギー問題▽多様なエネルギー源とその特徴▽省エネルギーに向けた取り組み――の「4つの視点」をもとに、将来の日本のエネルギーを考える教育のあり方を検討している。
現在、会員は関西地域を中心とした小学校、中学校、高等学校などの教職員、その他教育関係者や、大学や各機関の関係者など。年間を通して活発に活動中だ。
毎月ほぼ1回の頻度で、会員が参加する全体会を大阪市内で開催し、日頃の実践研究を報告する。5月には有識者を招いた講演会を開催。エネルギー問題やエネルギー環境教育を巡る最新情報を共有している。
10月に開催する「エネルギー環境教育シンポジウム」は最大のイベントで、一つのテーマを設定して、会員や一般の教員らが自由に参加して議論を深める。新学習指導要領における実践のあり方やGIGAスクールへの対応、エネルギーの安定供給の視点での授業実践などについて検討した。
11月から12月にかけて開くセミナー・交流会は、これからエネルギー環境教育に取り組もうと考えている教員向けのものから、高レベル放射性廃棄物の地層処分に関する内容を扱うものまで幅広い。本年度の地層処分に関するセミナーでは、実施主体である原子力発電環境整備機構(NUMO)から事業の最新動向について講演を受けた。山下教授は、地層処分問題を題材とした背景を、「この問題は、持続可能な社会におけるエネルギー利用のあり方を考えるうえで、避けては通れない現代的課題だ」と話す。エネルギー環境教育の中で、この話題をどう扱えるか教員も工夫を凝らし授業実践をしている。
また、エネルギー問題に関心の高い教員の好奇心に応える、魅力的な施設見学会も恒例行事だ。全国の水力、火力、原子力発電所を見学するほか、石炭の高効率発電技術を開発する実証施設や、脱炭素化を目指す神戸の水素発電施設も訪ねた。エネルギーに関する最先端の技術に触れ、教材開発のモチベーションを高めている。
活動の成果は毎年発行する「エネルギー環境教育ブックレット」として刊行。現在12巻を数え、教育界に還元している。
かつては、社会科や理科、総合的な学習の時間でエネルギー環境教育を実践しようとすると、「原子力推進」ではないかと思われる傾向もあったという。だが、近年は「主体的に判断し、自らの意見を持つためにはエネルギー環境問題についてしっかり知識を持つ必要がある」と、関心を寄せる学校も増えてきた。
山下教授は「エネルギー環境問題と、さまざまな技術の発展、そして自分たちの暮らしを結び付けて理解できるよう、ていねいに教室の中で扱っていく必要がある」と話す。社会の意識の変化と新学習指導要領の実施を追い風に、今後も精力的な活動を目指したい考えだ。
シンポジウムで授業実践の検討を通して議論を深める教員たち